はじめに


地球温暖化による洪水外力の増加が予測される中、近年、我が国では計画規模に匹敵するかそれ以上の洪水が多発しており、各地で甚大な被害を引き起こしている。東日本大震災によって得られた「災害に上限はない」、「人命が第一」という二つの教訓を認識した防災・減災対策が求められている。しかし、我が国の多くの河川は現状の計画洪水に対して整備途上である上に、樹林化による流下能力の低下や、河床低下による土丹の露出、高水敷と低水路の比高差の増大等の治水、環境上の問題が顕在化している。一方、社会情勢の変化により、河川への環境面の配慮やダムになるべく頼らないための幅広い治水対策案が求められている。このような自然環境、社会情勢の変化の中、持続可能な河川・流域システムを構築していくためには、しっかりとした学術的、技術的根拠に基づいた河川管理・河道設計が行われることが肝要である。即ち、河川が本来有している河川環境を保全・創出する多自然川づくりを支える技術体系の確立が急務である。

河川の物理環境は洪水外力に応答して変化することから、洪水時の流れと河床変動を明らかにすることが河川管理・河道設計の基本となる。福岡ユニットではこれまで、洪水時に計測された水面形の時間変化を用いた洪水流・河床変動解析法によって、洪水時の種々の現象が明らかにできることを示してきた。洪水時の水面形の時間変化には、流れの抵抗、洪水流の非定常性及び河床高の時間空間変化などの種々の現象の影響が積分して反映されており、その測定は洪水流量や河床変動に比べて容易かつ高精度である。このため、現象に応じた信頼性の高い洪水流・河床変動解析を水面形の時間変化を再現するように行えば、洪水時に直接計測することが困難である種々の現象が実用的に十分な精度で時空間に連続的に得られる。このための基礎となる解析技術として、これまでの解析技術では困難であった石礫河道の河床変動や非静水圧分布を伴う三次元流に対して、新しい河床変動解析法や非静水圧準三次元解析法(一般底面流速解析法)を開発し、これらを応用して種々の洪水流現象の解析を行い、洪水現象の解明を行ってきた。

持続可能な河川・流域システムの構築のためには、上述の洪水時のミクロ現象の解明だけでなく、これまで行われてきた河川管理・河道設計のあり方に問題点がないかを判断するために、力学現象をマクロに捉えた解析法も必要である。河道の物理環境は堤防幅に規定される河幅(水面幅)や河道断面形状によって決定付けられるため、これらは河道設計の基本となる。本ユニットでは沖積河川の安定な河道の水深と水面幅は、流域特性から決められる流量、粒径、勾配といったマクロな条件と一つの関係式(福岡の式)で表現されることを見出し、これを用いた河道改修の方法を検討してきた。 以上のことを踏まえ、本プロジェクトのミッションは、持続可能な河道管理・河道設計の技術を開発し、実地に適用し、効果を判定することを目的とし、以下の研究課題を進める。

研究課題


安定な河道断面形状の設計法の研究

観測水面形を用いた数値解析法による洪水時の流れと河床変動場の見える化技術の開発研究

石礫河川の土砂運動機構の解明と新しい土砂水理学の研究

ダムの治水機能の再評価とダム排砂技術の研究

河川構造物周辺の三次元流れと河床変動の解析技術の開発

河川の津波対策と津波防災まちづくりの研究

極値流量の推定に関する研究

堤防破壊発生危険性評価に基づいた水害リスク分析と減災適応策に関する研究



安定な河道断面形状の設計法の研究

本ユニットでは「福岡の式」を応用したこれまでの研究により、治水と環境の調和した安定な河道形状には自然河道に見られる船底形断面形が望ましいことを示してきた。安定断面形状は、湾曲、蛇行などの種々の河道条件や洪水条件に対して変化すると考えられることから、第一に重要なことは河道条件と流量条件に対する基本断面形状と縦断形状を定めることである。第二に、当該河道区間において治水・環境両面に配慮しつつ、段階的に整備していくための河道管理手法の確立である。この検討のためには、改修した断面において洪水中や平水時の流れ、洪水流の伝わり方、河床変動を明らかにする必要があり、施工後のモニタリングに基づき設計法、維持管理法を確立することが必須となる。



観測水面形を用いた数値解析法による洪水時の流れと河床変動場の見える化技術の開発研究

本ユニットで開発された一般底面流速解析法は、従来より用いられてきた平面二次元解析法の枠組みの中で、三次元渦運動と圧力の非静水圧成分を考慮しているため、観測された水面形時系列を用いて、この解析法を適用することにより、局所流場から広範囲の洪水流れと河床変動を精度良く計算出来る。この高精度な数値解析法を河川の流域全体に適用することにより、様々な降雨形態の洪水に対し、河道縦横断形状の変化や支川合流・分流の影響による洪水波形の伝播・変形、河道沿い遊水地群等の治水施設による貯留量、流れ場に応じた河床洗掘・堆積状況を見える化し、治水施設の効果的な設計・運用方法や河道の合理的な設計・維持管理の技術を開発する。また、対象とする現象に対して一般底面流速解析法、静水圧を仮定した準三次元解析法、平面二次元解析法、準二次元解析法等の各種洪水流解析法がどの程度の精度を持つのかを体系的に明らかにし、有効かつ合理的な解析方法選定の判断基準を示す。



石礫河川の土砂運動機構の解明と新しい土砂水理学の研究

砂礫河川を対象として開発されてきた従来の河床変動解析法は、河床材料が大きな石から小さな砂までの広い粒度分布で構成される扇状地河道や上流域の河川への適用性が低い。本ユニットでは、常願寺川等での現地実験に基づく石礫河川の新しい河床変動解析法を展開してきた。本解析法は従来の解析法に比べて説明力が高いが、流れと石礫の相互作用を実験や現地観測から調べることが困難であるため、激しい水流中の石礫河川の土砂移動機構等について十分に検討できていない。例えば、石礫河川の特徴的な水理現象として、河床表層が粗粒化され、空隙や凹凸が大きくなる。また、石礫が平らな面を上に向けて静止して並ぶ覆瓦構造が見られる。このような複雑な河床表層構造の形成機構を明らかにすることは、石礫河川の河床変動解析法の構築だけでなく、魚類や底棲生物の生息環境を検討する上で重要である。本ユニットでは、石礫河川の流れと土砂移動をEuler-Lagrange Couplingに基づく運動方程式で記述した数値移動床水路を構築している。この数値移動床水路では、種々の形状と大きさをもつ個々の粒子の運動とその周りの流れの三次元運動を並列計算機を大規模に用いて詳細に解析することで、これまでの計測では明らかにすることができなかった大きな粒子と小さな粒子の運動、水の運動、水と粒子の間に作用する流体力および粒子間の接触力等を解明する新しいツールとなっている。本研究では、河床材料および水理条件を変化させた種々の数値移動床実験を実施し、土砂と水流の運動を考察し、混合粒径移動床力学の新展開を図る。



ダムの治水機能の再評価とダム排砂技術の研究

河川上流に設置されるダム(群)は、洪水調節により下流の洪水流量を低減させるだけでなく、流出解析モデルの流量検証材料として、また下流河川の洪水流解析の上流端の流量境界条件として用いられており、解析上重要な役割を持つ。しかし、これらの方法は、ダム貯水池内の水位が水平に上下することを仮定したH-V式より洪水流入量の時間変化を求めている。また、流れ込み式のダムにあっては、接近流速の影響を無視した放流流量式から流量が算定されてきた。これらの理由から、洪水時におけるダム貯水量の時間変化、流入量、放流量は、精度的に問題がある可能性があり、ダム上下流河道・ダム貯水池で水面形の時間変化を用いた解析により、これらの精度を確認する必要がある。これにより、ダムの治水機能を適切に評価することができる。また、ダムからの排砂は既存ダムを長寿命化し、河道の治水安全度を向上させるだけでなく、下流河道の土砂環境の改善に対しても重要な課題である。大きな貯水位の変化に伴う貯水池や排砂施設周辺の複雑な流動と土砂移動の予測技術、および排砂時に生じる排砂施設の摩耗の予測技術は、現在のところ十分確立されていない、これらの予測技術を構築し、下流河道の治水・環境問題も踏まえ、効果的なダム排砂技術を検討する。



河川構造物周辺の三次元流れと河床変動の解析技術の開発

河川・砂防構造物周辺の三次元流れと局所洗掘・堆積、構造物に作用する流体力や衝撃力を定量的に評価できる解析技術の開発は、重要な課題である。従来、これら大規模水理構造物の設計は、主として水理模型実験によって検討されてきたが、近年では、計算機能力の向上により、数値解析技術を用いた検討が有用な手法となりつつある。本研究では、水深積分モデルの枠組みで流れの三次元性と圧力の非静水圧成分を考慮できる一般底面流速解析法を、構造物周辺の非定常性の高い急変流場とそれに応じた河床の変化を計算出来る数値解析モデルに改良する。改良した一般底面流速解析法と個々の石礫粒子の運動を計算できる数値移動床実験水路を用い、構造物に作用する流体力・衝撃力、構造物の変状機構について検討する。



河川の津波対策と津波防災まちづくりの研究

東日本大震災では河川が津波の主要な経路となり、津波の河川遡上、堤防越水、破堤が津波氾濫被害の大きな要因となることが改めて認識された。津波遡上範囲における河川の対策や効果的な津波被害軽減対策のために、非平衡性の極めて強い津波の河川遡上現象を精度よく解析できる津波河川遡上・津波氾濫の一体的な解析法が必要である。この解析法では、広域の津波伝播を解析しつつ、堤防侵食を伴う堤防越流、構造物に作用する流体力、洗掘、及び河口砂州フラッシュ等の河道内の大きな地形変化等の三次元的な流れに起因する諸現象の解明が求められる。そこで、洪水に対する多重スケール解析法である一般底面流速解析法を応用した津波-地形変化解析法を開発し、河川の津波対策と津波防災まちづくりに関する基礎資料を提供する。



極値流量の推定に関する研究

近年、想定を超える洪水浸水被害が多発していることから、避難体制等の充実・強化を図るため、平成27年に水防法の一部を改正する法律が施行され、想定される最大規模の洪水に対する浸水想定区域の公表が行われている。想定最大規模の洪水流量の設定には、過去100 年程度の降雨量の観測データを用い、欧米の計画規模も参考にしつつ、年超過確率1/1,000の降雨量から推定することになっている。本研究では、観測期間の短い雨量データによる方法ではなく、過去の大規模洪水の浸食により形成された谷底平野の地質地形に着目し、極値流量の推定を行う。河幅の推定式として、河道形成流量、代表粒径、勾配と安定河道の断面形状の関係を表す福岡の式を用い、現地の地形・地質の観測データより、谷底平野の地形を形成した既往最大規模の洪水の極値流量を推定する。そして、この方法の汎用性を高めながら、全国的な極値流量の分布を得ることを目指す。



堤防破壊発生危険性評価に基づいた水害リスク分析と減災適応策に関する研究

洪水外力が増大傾向にある我が国にとって、実効性の高い治水対策を行い、堤防破壊による水害リスクを低減させることは極めて重要な課題である。このためには、河道の流下能力や河床変動の予測だけでなく、洪水時における堤防の破壊発生危険性を定量的に評価するための新たな技術が求められる。本研究では、水面形の時間変化に基づいた洪水流・河床変動解析と、堤防ボーリング調査データに基づいた信頼性解析により、浸透・裏法滑りに対する堤防の破壊発生危険確率を算出し、長大な土堤防の破壊発生危険箇所を縦断的に推定する方法を提案する。また、洪水水位、継続時間、堤体の断面形状、堤防の透水係数及び空隙率から、堤体浸透に対する堤防の脆弱性を表現可能な指標を導出する。これらの手法を確かなものにし、今後の河道整備や危機管理技術に展開していくため、堤防決壊、堤体浸透、パイピング、裏法崩れ等の被災を経験したさまざまな河川を対象に本手法を適用し、被災の程度と堤防破壊発生危険性の関係を明らかにする。そして、堤体と基盤の土質・構造が浸潤線に及ぼす影響や、河道改修、堤防強化対策を実施することによる効果を定量的に見積もる手法を構築することを目指す。更に、上記手法により推定された弱点箇所で破堤が生じた場合を想定した氾濫流解析を実施し、流域の自然、社会・経済特性を考慮した流域水害リスク評価手法の確立を目指す。



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